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九州本社が描く地域とまちづくりの未来

熊本地震から10年

震度7の激しい揺れが同時期に連続するという史上例を見ない熊本地震から10年。パシフィックコンサルタンツも九州支社(2025年10月から九州本社)を先頭に「安全・安心な熊本の再生と創造」を目指す復旧・復興事業の一翼を担ってきました。地震や台風、水害など自然災害の多い九州地域における防災・減災はもちろん、地域経済や市民生活を支える社会インフラサービスを担うパシフィックコンサルタンツの役割はますます大きなものがあります。九州本社としてどのように地域の発展に貢献していくのか、九州本社長 長田拓也と、前九州支社長で参与の中野卓朗の二人に話を聞きました。

INDEX

震災の復旧・復興に関連して65業務を担う

――地震があったときはどうしていましたか?

中野:前震が4月14日の夜の9時26分、1日おいて本震が夜中の1時25分でしたね。いずれも福岡の自宅にいました。福岡もかなり揺れましたが、震度は4から5くらいだったと思います。ニュースで震源が熊本市に極めて近いと知ってこれは大変だと思いました。熊本市は福岡市、北九州市に次ぐ九州第三の都市であり、人口は70万人を超えます。被害は大きなものにならざるを得ません。翌朝、当時の大本支社長(現在の代表取締役社長執行役員)をトップに災害対策本部を立ち上げ、まずは従業員の安否確認を進めました。

――長田さんは当時は東京ですね。

長田:交通基盤事業本部の道路部の所属でした。ニュースで大きな被害が出ていることが分かり、パシフィックコンサルタンツとしてやらなければならないことがたくさんあると、緊張感のようなものがありました。

――現地での震災対応はどのように進んだのでしょうか。

中野:安否確認を終えた頃には、自治体から被害調査などの要望が続々と入ってきました。とても九州の人員だけでは対応できませんが、すぐに本社が「全社で対応する」という方針を示し、北海道や東京、仙台、名古屋、大阪など全国から技術者が応援に駆けつけてくれて、それで業務が回り始めました。トップの素早い判断と応援部隊をすぐに全国から送り込む組織力は、自社ながらすごいなと思いました。現地に入らないまでも、各地域本社・支社で通常業務を進めながら支援をしてくれた人も多く、本当にありがたかったですね。

長田:当時の記録を見ると熊本地震関連で九州支社は65もの業務を受託しています。総力戦だったと思いますね。

中野:組織力と同時に技術力の高さも頼もしく感じました。当時、画像を3次元で処理して点検に使うという新たな技術を搭載した車両「 MIMM(走行型計測車両)」を開発していたのですが、それを使って熊本県の何十という主要トンネルをすべて自主点検しています。

長田:その後の復旧・復興の取り組みを振り返ると、やはり東日本大震災の全社を上げての取り組みが生きていると感じますね。発災直後にどういうことが問題になるのか、どういう優先順位で何に取り組むべきか、ということが、ナレッジとして受け継がれていたと思います。

中野:東北で実際に支援業務にあたっていたメンバーも多いので、やるべきことは分かっていたと思います。震源の断層帯の上にあって壊滅的な被害を受けた西原村6集落の再生事業も、住民の皆さんと一体になってハードとソフトの両面から創造的復興を目指しました。東日本大震災からの復旧・復興業務の経験や教訓が生きたと思います。熊本地震のあとの2020年の7月豪雨では球磨川が氾濫し、人吉市で死者21名、全壊902棟、半壊1,452棟という甚大な被害が出ました。この時は、発災後すぐに国や自治体からパシフィックコンサルタンツに声がかかり、現場で対策に当たりました。これは2016年の熊本地震への対応への評価があったからです。特にプロジェクトのマネジメント業務や復興後を視野に入れたまちづくり計画などでは大きな期待がありました。パシフィックコンサルタンツなら任せて大丈夫、という信頼をいただいていることは、災害対応に限らずこれまでの支社の取り組みの結果であり、それが代々受け継がれて強みになっています。先輩の皆さんに感謝したいですね。

国道3号 植木バイパス・熊本北バイパス
国道3号 植木バイパス・熊本北バイパス
西原村
西原村

自然災害の多い九州ならではの防災・減災の取り組み

――もともと九州は、水害など自然災害の多い地域ですね。

長田:多いです。梅雨の末期には集中豪雨が多く発生しますし、台風の常襲地帯でもあります。熊本地震の後も2017年以降、毎年、水害が発生しました。全国で発生する土砂災害の約6割が九州に集中しているというデータもあります。桜島、阿蘇山、霧島山など、活動が活発な火山も多い。そういう背景があるので、暮らしや産業を災害から守らなければという地元の人の意識は、他の地域より高いのではないかと思います。九州本社の従業員も、特に河川や港湾などの業務では防災・減災という観点が重要になるので、高い意識で取り組んでいます。

中野:九州の防災への取り組みは、単に施設強化ということにとどまらずに、例えば港湾であれば、その地区で事業活動を展開している民間企業に対してBCPの策定や見直しを提案したり、ソフト面に踏み込んで防災・減災の裾野を広げようとしています。事前復興準備という考え方も重要視していて、平時から災害が発生したときのことを想定して、どういう被害が発生しても対応できるようにソフト対策を準備しておくという提案もしています。こうしたことができるのは、各地で復旧・復興のプロセスに関わってきている当社ならではだと思うのです。まだ十分な成果を挙げるところにはいっていませんが、その土壌はつくることができたと考えています。

ただし、困っている人を助けるのは、最後は人ですね。どんなにハード面やソフト面で準備万端にしても、最後は人が人を助けるのだと思います。東日本大震災や能登半島地震の支援業務、そして熊本地震の西原村6集落の再生事業など、パシフィックコンサルタンツの多くの従業員が復興業務に携わり、評価もいただいています。ぜひその点は、もっと社内外にアピールして、パシフィックコンサルタンツはこういう会社で、こういう人たちが、こんな想いで業務にあたっているということを示していきたいです。

長田:その点は十分にできているとは言いがたいところがあり反省点ですね。熊本地震から10年という節目でもあり、また、地域本社としての業務も始まっているところですから、九州本社からの発信を強化していきます。

九州で進む多彩な事業

――九州では全国で注目されているような取り組みも少なくないですね。

中野:私が支社長を務めていたときも、全国に先駆けて九州ならではといえる仕事をつくっていこうと言ってきました。20年くらい前になりますが、自動車のプローブデータを活用した「走りやすさマップ」の開発に取り組みました。道路の幅や車線数、カーブの大きさや数、勾配、歩道や自転車道との分離状況などを細かく分析して、道路を単なる距離だけではなく「走りやすさ」という観点で評価して、地図上に表現したものです。九州から全国に広がり、さらにカーナビに連動させるという取り組みにもつながりました。

失敗してもいいからチャレンジしていこうという組織風土は昔からあって、その点ではさらに時代が遡りますが、長崎空港もその一例です。大浦湾の簑島を埋め立てて建設した世界初の本格的な海上空港で、この設計もパシフィックコンサルタンツでした。

長田:長崎空港に関連する業務はずっと継続していますし、最近では2025年3月に供用を開始した福岡空港の第2滑走路の計画や調査、環境アセスメントも担いました。インフラ整備では九州新幹線関連の業務も多く担っていますね。

中野:新幹線久留米駅の基本計画、新玉名駅の駅舎の設計業務を受託しました。久留米駅は私も担当しました。その後の西九州新幹線でも武雄温泉駅と新大村駅の駅前広場の設計を当社が受託して進めています。

――インフラ関係以外の業務はどんなものがありますか。

長田:最近ではSAGAサンライズパークの栄光橋と佐賀市文化会館西側広場の一体整備プロジェクトがあります。九州最大級の多目的アリーナを核とする総合スポーツ・エンターテインメント施設で、スポーツ施設を活用した地域振興という意味で全国でも注目のプロジェクトでした。その後も、福岡市が屋内型スケートボードパークと賑わい施設を一体で整備する「ボートレース福岡パーク化事業」で設計を担い、2026年秋の完成を目指して現在工事が進んでいます。国内初で、かつ最大級のスケートボードパークであることから、こちらも全国的に注目されています。また福岡県那珂川市の総合運動公園PFI事業や長崎県庁舎跡地活用(文化芸術ホール、広場等)導入可能性調査、都城市こどものあそびば整備基本計画策定業務、鹿児島港本港区エリアまちづくりで事業化検討に向けたサウンディング調査など、スポーツ・文化施設を中心に九州地区の新たな発展を築くさまざまな取り組みを担っています。

SAGAサンライズパーク+栄光橋+佐賀市文化会館西側広場
SAGAサンライズパーク+栄光橋+佐賀市文化会館西側広場

九州の未来を地域の人々とともに切り拓いていく

――2025年10月に九州支社は九州本社となりました。新体制が展望するものはなんでしょうか?

長田:本社として、人材や保有する技術分野など機能強化を進めていますので、これまで以上に九州地域に根付き、地域の顧客や市場に応じた高品質なサービスを提供することができます。今九州では、半導体産業やものづくり産業の集積が進み、洋上風力発電などの大型プロジェクトも進行中です。また九州には「種子島宇宙センター」と「内之浦宇宙空間観測所」という2つのロケット発射場があって日本の宇宙航空産業の拠点としての発展が期待されていますし、海や山、温泉など観光資源が豊富であることから多くのインバウンドを迎えており、大きな発展の可能性をもった地域です。それだけにパシフィックコンサルタンツの役割は大きいと思います。先ほどもお話したように九州では特に防災・減災の備えが求められます。従業員の全員が普段の業務のなかでも、この技術は防災に活かせそうだとか、逆にこういうところに防災の視点を入れていくべきではないかというように、多角的な視点をもって臨んでほしいと思っています。

中野:私はもう第一線に立つわけではありませんが、九州本社がどっしりと構えて、九州の総合コンサルタントのリーダーになってほしいと思っています。これまでも事業推進のパートナーになるような地域のコンサルタント会社などへ技術移転を進めたり、技術士試験の準備を応援したりして感謝されてきました。技術やノウハウを抱え込むのではなく、積極的にオープンにして、お互いに成長し、地域の力になっていくことが重要だと思います。それが九州全体の防災・減災の強化や新たな発展につながっていくはずです。

長田:その通りですね。地域の企業や住民からもパシフィックコンサルタンツの九州本社があってよかったと思ってもらえるように全力で取り組んでいきます。

――本社としての新たな歩みに期待しています。ありがとうございました。

長田 拓也

NAGATA Takuya

九州本社 本社長

1993年入社。道路・交通計画、道路設計を中心に渋滞・事故対策、整備効果検証、スマートICや自転車通行空間整備、自動運転車両実装のための社会実験業務等に従事。道路部長、交通基盤事業本部副本部長を経て、2024年10月から現職。技術士(総合技術監理―建設―道路)、技術士(建設―道路)。

中野 卓朗

NAKANO Takuro

九州本社 参与

1983年入社。1985年東北支社、1989年大阪本社、1995年九州支社転勤を経て、2017年からは九州支社長、2024年参与就任。技術士(総合技術管理部門―建設、都市及び地方計画)。

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