防災は「行政任せ」「コスト」と捉えられがちだが、国内で75年インフラ整備を支えてきたパシフィックコンサルタンツは、この認識を覆そうとしている。民間企業が主体となる新たなビジョン「サステナ∞レジリエンス社会」を提唱。構想の旗振り役となった技師長・平川了治に、自身の思いと共に、ビジョンの要諦を聞いた。

「防災は、企業にとって自分ごとになりきれずにいる」。防災一筋20年、パシフィックコンサルタンツ技師長・平川了治はこう切り出す。それは企業が防災に対して実効性と事業性その両方を見出せてこなかったからだ、というのが平川の見立てだ。
BCP(事業継続計画)を整えていても、それは「もしもの備え」という有事限定の発想にとどまり、平時の事業戦略とは切り離されて語られがちだった。有事のみの防災は、いざという時に機能しないことが多く実効性に問題が生じやすい。加えて、使う機会のないものへの投資はコストと捉えられ、これが事業性の面でも弱い。だからこそ、防災は「行政がやるもの、与えられるもの」で、企業にとって長く本丸になりきれなかったというのだ。
しかし、気候変動による災害は高頻度化し、被害も拡大する一方だ。民間企業は、これまで通りの防災意識で良いのか。平川は危機感を滲ませる。
「20年前くらいから国が管理する一級河川でも氾濫が頻発するようになりましたが、今や、災害の激甚化が長年かけて積み上げてきた防災対策のスピードを上回っているのです」
求められるのは、防災を捉える価値観の刷新だ。創立75年、幅広い分野のインフラ整備を支えてきた社会インフラサービスのプロ集団、パシフィックコンサルタンツが挑戦すべきテーマであると平川は強調する。
平時も有事も「フェーズフリー」で捉えよ
同社が掲げるのが「サステナ∞レジリエンス社会」というビジョンだ。
サステナビリティ(持続性・効率性)は「平時」の価値観であり、レジリエンス(災害対応力)は「有事」に紐づく価値観として、これまで別々に語られてきたのではないか。平川はこう問いかける。このふたつを無限大(∞)に連動させ、ベストミックスでつなぎ、相乗効果を生む「フェーズフリー」という発想がこの社会像の核心だ。
ビジョンは「分散型インフラマネジメント」と「オールレンジ・レジリエンス」という2つの重点テーマに体系化されている。前者は人口減少に適応しながら価値を生み出す分散型インフラを核とした"まちづくり"への挑戦であり、後者は犠牲者ゼロのその先にある、社会経済を止めない災害レジリエンスを全方位で追求するものだ。
具体的には、庁舎や大規模スポーツ施設といった行政拠点や企業のオフィス、商業施設といった経済拠点施設に「賑わい」「環境配慮(ZEB)」などに加えて、「防災」の機能を持たせ、災害時にも自立して機能する地域拠点へと転換する。こうした拠点を地域に分散配置し、ネットワーク化していくエリア開発や都市計画が想定される。
平時と有事を同時に考えるフェーズフリーの発想は、民間企業が防災を経営に組み込む際、有力な視点となりうることも強調しておきたい。拠点施設の新設・移転や都市開発を検討する際に、平時の利便性と有事の機能性を同時に設計することは、長期的な資産価値の向上や事業継続力の強化に直結するからだ。
さらには、「サステナ∞レジリエンス社会」の実現においては、民間企業の参入が不可欠であると平川は話す。
例えば、物流やモビリティの領域で新たな技術開発が求められるし、防災基点の施設マネジメント・運用は民間企業のノウハウが活かせる可能性があるかもしれない。「サステナ∞レジリエンス社会」は、来たるべき社会インフラの設計図であるのみならず、防災が新たなビジネスの機会創出の領域となる可能性を含む。後に示すように、パシフィックコンサルタンツが積極的に民間企業へ働きかける動機はここにある。
投資額は3年で35億円。「見える化技術」も次世代へ
このビジョンを絵に描いた餅で終わらせないため、同社は2方向で投資を進めている。
ひとつは先端技術導入で、2026年期は年間7億4,000万円の予算を投じる。投資額は数年前の予算のおよそ倍額で、50件以上の技術開発に充てられる。2028年までの3カ年で合計35億円の投資を見込み、開発を加速させたい考えだ。なかでも平川が本懐とするのは、防災効果の可視化技術だ。
「国はまずハザードマップなどで『リスクの見える化』を進め、次に流域治水のような『対策の見える化』へと歩みを進めてきました。しかし、リスクを示すだけでは自治体も住民も立ち尽くしてしまう。人的・物的な被害軽減効果だけでなく、地域総生産や税収、雇用といった地域経済の指標も合わせて示すことで、未来の発展像まで定量的に描けます」
企業にとっては、この技術はESG経営などと接続できるだろう。防災投資の効果を地域経済の指標で定量的に示せれば、自社の社会的価値を株主や投資家に対して可視化する材料になるからだ。不動産開発や土地利用の意思決定においても、「この地域に投資する根拠」を数字で示せるようになるという点で、民間企業にとっても実利のある技術だ。
「住民も民間企業も納得して合意形成しやすくなるはずです。ある流域で産学官によるケーススタディが進行中で、行政関係者からも好意的な反応もいただいています」と平川は続ける。
もともと行政基点の仕事を多く引き受け、企画立案から事業運営までトータルソリューションを幅広くこなしてきた。これら「総合力」もますます発揮したいと平川は意気込む。サステナビリティとレジリエンスをつなぐベストミックスが社会像の話だとすれば、行政と民間をつなぐ同社の役割そのものがベストミックスだとも言える。
もうひとつが、民間企業を共創パートナーとして巻き込むオープンイノベーションだ。虎ノ門ヒルズの「ARCH」では開設から半年で大企業約50社とコンタクトを取り始めた。
民間や行政のオープンイノベーション基盤を通じてベンチャー10社とも協業がスタート。蓄電池のアグリゲーションやデジタルツイン、ドライブレコーダーのデータを使ったインフラ維持管理など、ベンチャーの「シーズ」と現場の「ニーズ」を掛け合わせる取り組みだ。
そもそも同社は企業向けに、「大規模工場向け災害リスクコンサルティングサービス」を約10年前から展開してきた。化学・鉄鋼・ガスなどの業種に実績を持つほか、リアルタイム浸水予測や複合災害分析技術を既存ビジネスと組み合わせ、企業の商品・サービスそのものを「レジリエンス化」する取り組みも進める。

「防災は10点ずつを積み重ねる」。技師長の原点
これほど広いビジョンを語れる平川とは、いったいどんな人物なのか。そのキャリアをたどると、日本の防災史との重なりも見えてくる。
防災がキャリアの中心となった転機は、2000年の東海豪雨だ。東海3県が広範囲に浸水したこの災害を受け、国は翌2001年に約50年ぶりとなる水防法改正に踏み切る。浸水想定区域図の公表というリスクの見える化の第一歩に、平川自身も関わった。
「それまでは河川の水門など『点』としての構造物設計や、河川の上下流における『線』としての河道計画を扱うのが仕事の世界でした。でも、溢れることを前提に、川の外側までを考えないといけなくなった。『川以外も見ろ』ということです。防災は"まちづくり"とともに『面』で捉えるべきなのだと、私の防災観を決定づけた出来事でした」
10年後には2011年の東日本大震災が起きる。河川・防災を本格的に担い始めて10年目に感じたのは「既存土木・対策への過信」であった。「あんな被害が起きるなんて思っていませんでした。津波で街が壊滅するなんて。我々がやってきた対策への過信がありました」。そして2024年の能登半島地震。被災から時間が経っても、人が戻らない地域の姿が平川の目に焼きついていった。
自身のキャリアを振り返る際、平川は「災害への悔しさと無力感の連続でした」と口にする。被害の深刻さは、社会的に弱い立場にある人ほど重くのしかかるからだ。
「たとえば町工場が浸水被害を受けた場合に、事業再開には経済力が必要です。再開ができないと食い扶持がなくなり、元気もなくなる。被災後の未来に絶望しやすくなってしまう。被災後の避難生活などで亡くなる『災害関連死』も無関係ではありません」
こうした現実への無力感は、諦めとは違っている。平川は「北極星」という言葉を使う。
「防災は0点か100点じゃなくて、10点ずつを積み重ねていくものだと思っています。サステナ∞レジリエンス社会というのは、僕にとっては『北極星』を発見できたような思いで掲げています。1人の技術者として貢献できるのは幸せなこと。犠牲者ゼロだけでなく社会インフラの『機能停止ゼロ』も目指して、生涯現役で挑戦を続けたい思いです」
技師長が問う、防災の「攻め」と「守り」
防災を平時の事業戦略に組み込む発想の転換を後押しする動きが国内外で加速している。
2026年秋にも発足する「防災庁」は、企業が防災に関与しやすい環境整備の起点となりうる。リスクファイナンスの国際基準規格「ISO37116 Risk Finance」の発行により防災投資の適正評価も進み、日本が長年培った防災ノウハウで国際的なリーダーシップを担える可能性も広がっている。平川はビジネス意思決定層にこうメッセージを送った。
「問われているのは『攻め』と『守り』の両面です。攻めとは自社の技術や知見で防災を事業の柱として牽引すること。守りとは施設・ネットワーク・サプライチェーンの防災力を高め、有事にも事業を止めない体制を整えること。防災はもはや企業の社会貢献活動ではなく、新たな事業機会であり、企業価値を高める行為であり、競争力そのものであると考えています。民間企業やビジネスリーダーなど多様な方々に、サステナ∞レジリエンス社会を共につくるパートナーとなっていただきたいと考えています」
パシフィックコンサルタンツが描く「サステナ∞レジリエンス社会」は、サステナとレジリエンス、行政と民間、二重のベストミックスを実現するとの宣言にも聞こえる。自社にとってのフェーズフリーはどこか。見直すきっかけとして、このビジョンに目を向けてみてはどうだろうか。
ひらかわ・りょうじ◎1991年パシフィックコンサルタンツ入社。河川・防災を専門とし、治水計画や防災・減災対策に長年取り組む。水防法改正(2001年)への技術支援を皮切りに、利根川大規模水害対策(内閣府専門調査会)、タイ洪水調査(国交省・土木学会)など国内外の防災プロジェクトを歴任。現在は技師長として同社の技術戦略全体を統括する。技術士(総合技術監理・建設部門)
text by Forbes JAPAN | photographs by Shuji Goto
Forbes JAPAN BrandVoice 2026年 8月 4日掲載記事より転載